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October 18, 2008

静謐

今日は今受けている講義の発表の日。
プレゼン担当になったものの、人前でしゃべるのは超苦手なわたくし。
大丈夫なんだろうかと不安に思ってはいたけど、案の定また人の顔見るの忘れちゃった…。
まぁとにかく何とか終わってよかった。次がんばろう。
発表の後にちょっとだけ講義があったんだけど、面白かったな。
感覚として持っていながら言葉に出来なかったことを、きっちりと言葉で説明してくれた感じ。
淡々とした人なのかなと思っていたけど、中身はすごいアツいわ。
でかいことをアツく語る人って好きだなー。
もっと色々話を聞いてみたい。

お天気よかったし、講義の後、散歩がてら歩いて渋谷へ。
お買い物しようかなーと街を歩いている途中で通りかかった映画館で「おくりびと」を上映しているのを発見。
時間帯もちょうど良かったので、買い物を済ませてから映画を観ることにしました。
予告を観たときから観たいと思っていた映画だし、評判も良いので期待度高し。

ひょんなことから納棺師としての人生を歩み始めた主人公が、人の死を通して自分の人生と向き合って行く姿を描いた映画でした。
人が死ぬときこそ、その人が生きてきたすべてが現れるんだと思う。
生き様、かな。
過去の自分が行ってきたことの積み重ねが、そのときがやってきたときに、周りの人によって明らかにされるんだろうな。
自分が死んだ後でアクションを起こすのは残された人たちであって、自分自身はもう何の関与もできないんだよね。でも彼らの感情の引き金を引くのは、生きていた時の自分。
いつ死ぬのかわからないけど、誰か笑って葬り出してくれる人が一人くらい居るといいねぇ。

劇中で納棺師となった夫に、妻が「穢らわしい」って叫ぶところがあって、結構ポイントになるシーンかなと思うけど、私にはあの感情は理解できない。
身近な人が亡くなったら、同じことが言えるのだろうか。
日常では他人の死に痛みを持つことの方が少ないとはいえ、想像力の欠如だよなーって思ってしまう。
死者の尊厳を守るって、心を入れずに出来ることじゃないですね。
納棺師って凄い仕事だわ。心のこもった行為は美しく優しい。

ケガレはハレに移行するために必要不可欠なもの。
死は門である、という火葬場の職員の言葉が心に残りました。
死んだら終わりって言う人も居るし、実際そうなのかもしれないけど、その先に何かがあるような気はします。
どんな人生にも終わりがあって、ばかばかしくてくだらなく見えても次に繋がっていくのなら、それで十分。
続けていくことが大事なんだよね。

静謐、という言葉がしっくりくる良い映画でした。

投稿者 melissa : October 18, 2008 11:45 PM


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